

17歳あるある、空の狭さも知りがち
17歳あるある早く言いたい 今から言うよ
1.社会完成しすぎてエネルギー持て余しがち
これありますね~我々って、「今日を必死に生きる」必要無いんですよね。たいてい飯は出てくるし。僕たち高校生に求められるのは勉強することと高校生でいることのみ。あとは自由でいていいよって言われても、僕らにできるのは資本主義に囲われてパッケージングされた「青春」という消費生活くらい。マックに行って、スタバに行って、プリ取って、ディズニー行って、それらは全て僕らに完璧な楽しさを与えるけど、どこかで暴れるエネルギーを持て余す。かといって僕らに抵抗する先なんてない。優しい親、大きな政府、学校の先生達。だめな僕らをポップに肯定する優しい音楽たち、“頑張らなくてもいいんだぜ”、かわいいアイドル。日本は勉強をする高校生にすごく優しい。というかみんなに対して優しい。僕らは抵抗する先を見つけられずに、燃え上がる可能性のある情熱を隠したまま、今日も学校で整然と机に向かう。
2.青春、車窓から見える憧憬のようなものがち
僕らの人生が列車だとしたら、青春は窓から見える美しい景色のようなもので、あそこに行きたいなとか美しいなと思っている間に横を通り過ぎていく。
でも確かに車窓からはその景色が見えていたから、記憶のなかにはその景色がある。あとから、列車はそんな「美しい景色」のどまんなかを突っ切るように走っていたことに気付く。
僕ら若者は世間から見たら青春のどまんなかを突っ走っているように見えるかもしれない、でも実情、青春を肌で感じるって中々ないし、毎日思い通りに行かないことに悩まされている。
3.高校生活なんて早く終わってしまえと願いながらも、ずっと続いて欲しいがち
「二十五年あとの僕らのあの日々が ようやく終わる17の春」
これはこの間詠んだんだけど、僕らの「今」ってどうせあとから美化して「あの頃はよかったな~」なんて適当に処理されると思う。今も中々面倒くさいですよって思いながらも、毎日は楽しい。
「今を大切にしないとすぐに17歳終わっちゃうよ」って、17歳になった瞬間から思い続けてきた。実際涙が出るほどに17歳は美しくて、二度と戻れないこの時間の美しさを噛み締めるたび、どうしようもない苦しさに襲われてきた。でもそんな17歳も、あと1カ月で終わる。ようやくだ。長かった。
終わって欲しくない思いがかなり強いけど、「今を大切にしないと」って思わなくなってようやく僕は自由になれるかもしれない。18歳になることに希望を抱いてはいない。僕は何歳になるために生きたらいいんだろうか。静かな老化なんじゃないか。
終わりに
『【ありがち】17歳、生の悩みを発表する』と題したが、僕のこの悩みもまさに何万回と誰かが呟いた悩みのコピーのようなもので、僕も大多数の一人として先人たちの歩んだ大人への道をなぞっている。
人生に表れる感覚にはどこか既視感がつきまとっている。学校も恋も音楽も映画も全部本やインターネットで既視感を摂取した上で臨む体験。今を大切にしたいって思う時間って、ようはその既視感をなぞろうとする時間。いわゆる青春が終わったら、その時ようやく僕は「今の時間を大切に」なんて言わなくて済むようになるかも。早く終わって、そんな現在に価値のない日々のなかで、僕だけの既視感のない世界を探したい。何もない最高の荒野に立ちたい。
”本連載はコラムで最終回。3月20日 春分の日。青春を胸に、ぜひ西浜までお越しください。執筆いただいた高校生の皆様、ありがとうございました。”
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
高校生が出演するイベントはこちら

THE POWER OF KOUKOUSEI 2026 | 2026年3月20日(金)春分の日
片瀬海岸西浜特設ステージ | 10:00-17:30 入場無料
公式HP t-p-k.com
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐