

・撮影時期:2025年8月30日
・撮影機材:
鏡筒:TOA-130NFB+TOA-35Reducer0.7x(1000→698mm(f/5.4))
カメラ:ZWO ASI2600MM Pro
フィルター:Optolong SHO, LRGBフィルター, H 300sec×46, O 300sec×40, S 300sec×42(Total 10h40m)
マウント:ZWO AM5
・撮影した天体:IC1396 象の鼻星雲(Elephant Trunk Nebula)

天体データ
• 距離: 約2,400光年
• 分類: 散光星雲(電離水素領域 HII領域)内のグロビュール(暗黒星雲)
• 大きさ: IC1396星雲全体で約100光年、象の鼻部分(IC1396A)は約20光年
• 位置: ケフェウス座(RA 21h 39m/Dec +57° 30′)
• 見頃: 日本では夏~秋(7~10月)、藤沢市では北の空に位置し、沈まず一年中観測可能(周極天体)
IC1396は「象の鼻星雲(エレファント・トランク・ネビュラ)」とも呼ばれ、ケフェウス座方向に広がる巨大な電離水素領域(HII領域)です。その内部に、ガスと塵が柱状に突き出た暗黒星雲IC1396Aがあり、その姿が象の鼻に似ていることからこの愛称がつきました。
星雲全体を電離させているのは、中心近くに位置する高温の恒星「HD 206267」。この星が放つ強烈な紫外線が周囲のガスを電離させ、赤く輝くHαの光と青緑に光るOIIIの光を生じさせています。象の鼻の先端付近では、圧縮されたガスの中で現在も新しい星の形成が進行しており、活発な星形成領域として注目されています。
藤沢の夜空では、ケフェウス座が北の空に高く昇る夏から秋にかけて観測のチャンスがあります。大きな広がりを持つ星雲のため、低倍率の望遠鏡や広角での撮影が、その雄大なスケールを味わうのに向いています。

図表:天の川銀河平面図(クレジット:NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech) )に杉山さん加筆
IC1396は、太陽(Sun)を基点に約2,400光年離れた方向、「Perseus Arm(ペルセウス腕)」と「Orion Spur(オリオン腕)」の境界付近に位置しています。M27(亜鈴星雲:1,360光年)と比べると倍近く遠い天体ですが、天の川銀河全体の直径(約10万光年)と比較すれば、私たちの太陽系からごく近い領域にある天体です。

図表:天体アプリSkySafari(2026年2月22日20:00の空を表示)に筆者加筆
IC1396はケフェウス座の中心付近に位置し、7月から10月にかけて観測好機を迎えます。北の空に位置するため、日本では周極天体として一年中地平線に沈まず、秋の天の川に重なって見つけることができます。
天文学的背景
◇ 構造と特徴
• IC1396全体は直径約100光年に及ぶ巨大なHII領域(電離水素ガス雲)。
• 中心部の高温星HD 206267(表面温度約37,000K)が星雲全体のガスを電離。
•「象の鼻」と呼ばれるIC1396Aは、電離ガスに押しつぶされながら残った暗黒星雲の柱。
• 赤は水素(Hα)、青緑は酸素(OIII)、オレンジは硫黄(SII)の発光を示す。
◇ 構造物の大きさの目安
1.IC1396全体の直径:約100光年
2.象の鼻(IC1396A)の長さ:約20光年
3.IC1396Aの先端でガスが圧縮されるスピード:数km/s程度
◇ 形成の過程
1.巨大分子雲が重力崩壊し、大質量星(HD 206267)が誕生
2.強烈な紫外線と恒星風が周囲のガスを電離・吹き飛ばす
3.より密度の高いガスの塊が削り残され、柱状・鼻状の暗黒星雲が形成される
4.暗黒星雲の先端では、圧縮によって新たな星形成が誘発される(誘発的星形成)
◇ 発見と観測の歴史
• 19世紀末から20世紀初頭にかけて、ウィリアムズやバーナードらの観測でカタログ化。
• 「象の鼻」の名が広まったのはハッブル宇宙望遠鏡の画像が公開されてから。
•近年ではスピッツァー宇宙望遠鏡の赤外線観測により、象の鼻の内部で10個以上の原始星が確認されている。
神話・伝承
• ケフェウス座は、古代エチオピアの王「ケフェウス」をモデルにした星座で、ギリシャ神話ではアンドロメダ姫の父として知られる。
•王妃カシオペアとともに北の空に並ぶ星座として知られ、ともに周極星座として一年中観察できる。
•日本では古来、ケフェウス座のある北の空は「北斗七星」とともに方角を知るための星として親しまれ、航海や旅の道しるべとなってきた。
読者への豆知識
1.「HII領域」とは:水素ガスが恒星の紫外線で電離した領域のことで、星雲の中でも特に活発に星が生まれている場所。
2.象の鼻の正体:暗黒星雲の一種「グロビュール(EGG=蒸発するガス状球体)」と呼ばれ、星形成の現場そのもの。
3.SHO撮影とは:Hα(水素)・OIII(酸素)・SII(硫黄)それぞれの光を別々のフィルターで撮影し、色を割り当てて合成する手法。ハッブル宇宙望遠鏡と同じ「ハッブルパレット」で表現される。
4.スケールの驚き:象の鼻だけで長さ約20光年。光の速さで走っても20年かかる距離が、一枚の写真に収まっている。
5.観望のコツ:IC1396は見かけの大きさが満月の8倍以上もあるため、双眼鏡や低倍率の広角望遠鏡での眺望がおすすめ。ナローバンドフィルターを用いると、光害の多い場所でもガスの輝きが浮かび上がる。
IC1396は「象の鼻」という愛称のとおり、暗黒星雲の柱が空に向かってのびる姿が印象的な天体です。
今回はSHOとLRGBフィルターを組み合わせ、合計10時間40分をかけて撮影しました。象の鼻の輪郭や、星雲内部の複雑な構造をできる限り引き出すよう、各フィルターの枚数やホワイトバランスを丁寧に調整しています。
湘南の夜空から、これほどの距離にある天体をここまで詳細に撮影できることに、撮るたびに改めて驚かされます。
北の空に広がるこの星雲には、現在も進行中の星形成プロセスが記録されており、一枚の写真の中に宇宙の現在進行形の活動が凝縮されています。