
6月3日から4日にかけて葛原岡神社(くずがはらおかじんじゃ)鎌倉市山之内で例大祭が開催された。
源氏山の一角にあり、ハイキングコースの中継点として、また春には桜の名所として、知られる同社には建武の新政を行った後醍醐天皇の腹心であった、日野俊基が御祭神として奉られている。鎌倉幕府倒幕計画「元弘の変」発覚後、首謀者であった日野俊基は「秋を待たで葛原岡に消える身の露のうらみや世に残るらん」の辞世の句を残して処刑された。
しかし明治維新後、1887年(明治20年)に従三位が追贈され、同社が建立された。墓所は1927年(昭和2年)に国指定史跡に指定されている。
3日には神前祭、墓前祭で祝詞の奏上、玉串拝礼が厳かに行われたほか宵宮祭では六地蔵で神輿に御霊入れが行われ、氏子が勇ましく由比ヶ浜町内を練り歩いた。翌日の本祭では出店で埋まった町内を子供神輿や山車、大人神輿共に繰り出し、渡御の順序で儀式が進められた。