
人は誰しも、自分の過去や思い出を美化しがちだ。そこに多少のトラブルや苦悩があったとしても「まぁ、後々考えてみれば…」という風に、頭の中でその思い出を都合のいい形に書き換えてしまうのだ。
わたしはそれがずっと嫌だった。なぜなら、その出来事に際して嫌な思いや苦しい思いをした自分がまるで無かったかのように扱われて、居た堪れないと思っていたから。
どんなに荒れた町も、そこに雪が積もれば凹凸や汚れが覆い隠されて美しい輪郭だけが残るように、時間という雪が私達の思い出を綺麗に包み込んで、穏やかな記憶に改ざんしてしまうのだ。私はずっと、それを一種の愚行だと思っていた。
しかし、本当に美化は愚行といえるだろうか。苦い思い出を美化することによる利点はなんだろうか。
そこまで考えて、ようやく気付いたことがある。それは、「美化」することは人が前を向いて生きていくための戦術だ、ということだ。
人はしばしば、過去に囚われがちだ。かくいう私も、自覚大アリである。だが、現実はそう待ってはくれない。急速に変化し続けるこの現代社会で、「切り替え」というのは必要不可欠だからだ。そんな環境下において実力を発揮し得るのが、「美化」なのだ。
どんな苦悩の思い出も、ある程度自分の中で落とし所を探さないと前を向くことは難しいだろう。だからこそ、人は思い出を美化するのだ。
少し視点を変えてみよう。
今この現実が多少つらくとも、ある程度時間が経てば「美化」され、良い思い出として心に刻まれるのだ。そう思ったら、この苦しさも乗り越えられるような、そんな気がしてこないだろうか。
長々と論じてしまったが、結論、「美化」を愚行と断定してしまうのはまだ早い、ということだ。
色んな思い出を「美化」してしまう自分を否定しすぎず、前を向いて生きていく事こそ、世を上手く渡っていくためのひとつの戦術なのかもしれない。

↑修学旅行の宿から撮った鹿児島の日の出

↑修学旅行で訪れた太宰府天満宮
”次回は鍋にしよう思(おも)てそこで猫買(こ)うてんさんのコラムをお届けする予定です。お楽しみに。”
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